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早春の旅4   2008/3/8~12 

         3月12日








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道後温泉
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道後温泉は夏目漱石の小説「坊ちゃん」にも描かれ、愛媛県の代表的な観光地となっています。

3,000年の歴史を誇る日本最古の道後温泉。本館は明治27年に建築された木造三層楼の建物で

国の重要文化財に指定されています。

建てた人は、松山藩おかかえの城大工「坂本又八郎」でお城づくりの技術を生かして建てました。

温泉には入りませんでしたが、中を見学してきました。その大きさ立派に驚いてきました。

2階の「又(ゆう)神殿」は皇族の方が道後へこられた際、温泉にお入りいただくために造ったもので、

明治32年に完成しました。昭和天皇が2回、常陸の宮が1回入られたそうです。

3階には明治28年に松山中学校の英語教師だった、夏目漱石ゆかりの「坊ちゃんの間」がありました。

本館の白鷺のいる塔屋には、日に3回鳴らされる「刻太鼓」があり『日本の音風景100選」に選ばれています。

丁度正午の太鼓の音を聞くことが出来ました。

道後温泉は現在 松山市が管理運営しており、中で働いている人が「私達は市職員です。」といわれました。

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福寿草とイチゲ

           3月23日

会津の里にも漸く”春”がやって来ました。

福寿草やイチゲが待っていたかのように、陽光を浴びて、野山いっぱいに咲いていました。






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一面に咲く福寿草 
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春の陽射しを受け、庭の「雪割草」も小さな花を咲かせました。
マウスオン・クリック・マウスアウト 画像3枚

<ユキワリソウ



早春の旅3   2008/3/8~12 

           3月8日、9日
会席料理&皿鉢料理&梅鉢盆栽 








<<" マウスオーバー クリック~~会席料理  
3月8日 「得月楼にて夕食」HP「得月楼」

『土佐会席』をいただきました。
明治3年創業  歴史と伝統を受け継ぎ数奇屋造りの佇まい 南海第一楼と云われ た当時の姿を残しています。
宮尾登美子著「陽気楼」の舞台となった所です。

200年から300年の歴史を持つ盆梅は日本一の呼び名高く、多くの人が見にこられるとの事。
大きい梅の盆栽が300鉢あまりあるとの事です。

丁度満開に咲いた幾鉢もの見事な盆梅を、見る事が出来ました。(前日迄各部屋に飾ってあったそうです)

          梅鉢盆栽 スライド 得月楼HPの梅盆栽

<> 上の画像クリックにて皿鉢料理(2人前)

 3月9日 土佐料理 「司」にて夕食

大通り皿鉢料理の展示を見てきた後の夕食



3月10日

日本最後の清流と呼ばれている四万十川の舟くだりをする。

青々とした川と緑が綺麗、川幅も広くゆったりと舟は行く。

何本かの『沈下橋』の下をとおり抜けて行く。

『沈下橋』・・・川の増水時に水中に沈むように設計された橋の事。

台風や嵐の時、水圧を受けにくくするために欄干がないのが特徴とか・・・

少し歩いてみたが、風邪が吹いたら怖いだろうなぁ~と思った。

四万十川には47本の『沈下橋』が架かっているとの事。

黄色い満開の菜の花と、青い川との風景が、春の陽光にやさしく映えていた。







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四万十川と沈下橋 
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早春の旅1  2008/3/8~12

     3月8日~12日

まだ雪の残る会津より、明るい陽射しに包まれた南国ム-ドの高知県へ・・・


















春うららな3月 四国の高知県・愛媛県を旅行してきました。

*8日  羽田より飛行機にて高知空港へ(PM 1時5分着)

     高知県 坂本竜馬像と桂浜、坂本竜馬記念館など見学

     はりまや橋など市内散策・五台山公園 (竹林寺五重の塔・牧野植物園)

     得月楼(昔 陽暉楼)にて夕食         高知泊

*9日  高知城・高知日曜朝市・皿鉢祭り  土佐料理「司」にて夕食   高知泊

*10日  四万十川舟くだり・足摺岬 遊歩道 椿のトンネル遊歩道・

     ジョン万ハウス                   足摺泊

*11日  高知県~愛媛県 見残し海岸・竜串海岸・足摺海底舘・宇和島城・天赦園・

      臥竜山荘 内子座・大洲城・赤レンガ舘        道後温泉泊

*12日 松山城・城山城公園・道後温泉本館 又(ゆう)新殿【皇族専用浴室】

         ~PM 2時半飛行機にて羽田へ~  







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高知県を旅して
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高知城 <

牧野植物園 <


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四国を旅する中「春に咲く花」に沢山出会えました。







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3月,4月のカレンダー

   3月14日     Excelと Elements で3月、4月のカレンダーを作ってみました。

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水戸 偕楽園 『梅まつり』

      3月5日

              





















季節和らぐ早春の香りに誘われ、水戸の『梅まつり』へ行ってきました。

偕楽園は金沢の兼六園・岡山の後楽園とともに日本三名園のひとつに数えられ、

江戸時代天保13年(1842年)7月水戸藩第9代藩主徳川斉昭公により造られました。

広大な敷地には100種3,000本と、南側田鶴鳴梅林には1,000本の梅が植えられています。

まだ5部咲きでしたが、園内は芳しい芳香に包まれていました。







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水戸 偕楽園梅まつり 
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日米間の『親善大使』のお人形









3月2日
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      若松県立博物館に国際親善に託された17体の「青い目の人形」と、

      80年ぶりに米国から里帰りした市松人形「ミス 福島」が展示されています。

      大正時代の頃アメリカへの移民をめぐって、日米関の悪化を防ぎたいと、

      青い目の人形が、1万2739体も日本へ贈られました。

      其のうち福島県には323体来て学校や幼稚園へ配られました。

      昭和2年 渋沢栄一氏により、答礼人形として日本から58体の豪華な市松人形を、

      クリスマスに間にあうようにと国際親善の試みが日本の人形に託されアメリカへ贈られました。

      人形は美しい手縫いの衣装を着て、手書きの手紙、パスポートや乗船チケットを持ち

      まるで1人前の人間のようでした。とありました。

      立派な皮のトランクが展示してありましたが、1体づつトランクに入れられて送られました。

      其の当時の幼稚園などにあった文献や写真・手紙などが展示されており、とても見ごたえありました。

      その後戦争となり「青い目の人形」達は 焼かれたり、片隅に置き去りにされたりして、

      悲しい運命をたどってきましたが、

      心あるかたがそっと隠しながら大切に守ってこられ、こうして17体のアメリカ人形が展示されました。

      この展示会のきっかけは「ミス福島」の所有者が修理のため昨年来日した際、

      故郷での展示会を望まれ、この企画となったそうです。

      両国の人形達は故郷を離れ80年も経ています。

      日本からあちらの国へ行った市松人形の運命はどうなっている事でしょう。

      戦時中に起きた「私のアメリカ人形の悲しい思い出」は消えることありませんが、

      3月3日の日本のひな祭りの日に「青い目の人形」達も晴れ舞台に並べてもらえ、どんなに嬉しい事でしょう。

      








80年も前人形の背後には日本とアメリカの「民間親善交流」の壮大な試みがあったんですね。

      そしてそれらは両国のあふれんばかりの善意を持った人々の成し遂げた仕事でありました。

      ひな祭りの日にいわれのある素晴らしい人形の展示会を観賞して、とても有意義な時間を過ごしてきました。

      詳しくは「おかえりなさい!ミス福島」をご覧ください。

      帰路は雪景色の鶴が城の中の写真を撮りながら帰ってきました。

      観光客も少なく青空に天主閣と雪つりがとても似合って綺麗でした。




       
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